京の都を舞台に花開く雅な王朝物語。猛き武将たちの血湧き肉躍る戦国絵巻。江戸っ子たちの恋が織りなす、粋でいなせな草双紙……。今回のテーマは鳴くよ鶯な平安時代から江戸時代まで約千年の、男と男の日本史を彩る『歴史物BL』。史実マニアの皆様はもちろん、『歴史の授業は苦手だった』という方にこそ気軽に楽しんでいただける8作品を揃えてみました。いにしえの恋と愛に萌えるときめきの時代旅行へ、行ってらっしゃいませ!
- とおめぇでひねもすのたり。粋男と艶男のお熱い江戸暮らし
- 可愛きことにゃんこの如し☆ネコ耳武士ただ今参上!
- 運命に翻弄される薄幸の姫少年。男とは何ぞや!?
- この再会を運命が導いた。妖し怪しの平安伝奇物語!
- 惚れた腫れたでその先十年。迷うばかりの芸と恋
- 髷にも映える貴方の簪。気になるあの子の淫らな唇
- 貴方とならばどこまでも。つはものどもが恋の跡!
- 謎の鬼子と双子の片割れ。ふたりでなら生きていける
噺の舞台はお江戸・浅草。客相手に色を売る陰間あがりの朗らかな百樹(百)に心底惚れ込んだのは、元火消しで美男の笛吹き・万次(卍)。契りを交わした熱々な二人の小さな長屋暮らしを、丹念な江戸風俗考証を基にコミカルかつ繊細に描きあげるこの作品は、2019年第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。そうです、ようやく時代がBL世界の素晴らしさに追いついてきたのです……!
感涙しつつオススメしたい見どころは、全編通してたっぷりじっくりしっぽり描かれる床入り場面で卍の愛撫に悶える、百の息づかいや喘ぎ声。江戸時代に実在した「春画」のように入るかな文字の擬音やセリフが、そりゃもう粋で艶っぽ過ぎて最高なのです。「時代は変われど濡れ場の萌えツボは不変」という、新たな知見(!?)を得るのも乙なものですよ?
時は戦国。自領を護る戦が続く中、武将・十條寺信綱は一風変わった家臣を得る。その名は猫井菊三忠茂――
小さな姿に当初は戸惑った家臣団も、お館様命! と張り切る菊三のいじらしさに射抜かれメロメロに。菊三を文字通り猫可愛がりしちゃうお髭ダンディなお館様はもちろん、側近で面倒見の良い九鬼、仕官を志望する美形の八木といった武将たちの愉快な日常と恋模様が、「もののふっ!」章ではギャグ4コマとして描かれます。
合間に挟まる「武士」の章は、戦国時代の残酷と厳しさに大きく踏み込んだドラマパート。のんびり明るい4コマと趣向を変えたシリアス展開とのギャップがこの上ない刺激となって、十條寺家中の面々がますます愛しくなってしまいます。衝撃のクライマックスを迎えた本編3巻の後日譚「もののふっ!!」も、ぬかりなくチェックですぞおのおの方~!
江戸の武家の男子に生まれたものの、本妻をはばかり女子として育てられた鈴。無頼の輩に絡まれたところを、腕っぷしが強くていなせな町人に救われます。侍相手に威勢よくタンカを切る謎の江戸っ子の格好良さには、読者も鈴目線で惚れ惚れしちゃう?
初めて見た『男らしさ』に驚き憧れる鈴ですが、身勝手な父の命で商家に嫁入りさせられることに。花婿はよりにもよって、鈴を助けた本人の丸角屋新三郎でした。この世で唯一認めた相手に女の姿で偽る己を知られたくないと絶望する鈴があまりに不憫で、潔すぎて、涙腺が危うくなってしまうのです。そんな鈴に心奪われた新三郎が示した答えとは……。
気持ちまで爽やかな新三郎の『いい男』ぶりを、ぜひ本編で確かめてみて。粋なセリフ廻しと穏やかな読後感が後を引いて心に残る、素敵な短編です。
この再会を運命が導いた。妖し怪しの平安伝奇物語!
下法師・蘆屋道満は呪いから三条天皇を護る依頼を受け、陰謀の裏に藤原道長と安倍晴明の存在を嗅ぎ取る。高野山の奥、玻璃の堂で皇太子・敦明親王の双子の弟・瑞慧阿闍梨は苦しんでいた。命を狙われる親王の身代わりとして呪詛を一身に受け続けてきた瑞慧は、かつて幼い道満をイツと呼び保護し、心を通わせていたのだが――。
来ましたよ、美人で一途な年上受け~! 野性味溢れる大人道満の雄臭い筋肉美はもちろん必見ですが、ショタ攻め属性の方も絶対見逃すべからず。稲荷家先生の圧倒的な画力が紡ぐ京の都や宮中の様子、そして人の心の醜さと愛の深さは、呪いや魔物が跋扈する幻想的な世界観に不思議なリアリティをもたらしています。
平安貴族の陰謀渦巻く権力争いが史実であるなら、その裏にこんな美しくも切な萌える物語が……絶対無かったとは言い切れないのでは!?
惚れた腫れたでその先十年。迷うばかりの芸と恋
若き女形役者・佐根市は真の色恋を知らない若輩者だったが、幼馴染の手習い師匠・善介への想いが恋だったと気づく。恋する女を演じる芸の肥やしとするため恋情をひた隠しにし続ける佐根市は、十年後に名女形として名を馳せるようになるのですが……。
人生たった一度の口に出せない恋の痛みと、熱く燃える役者魂。相反する二つの心を抱えた佐根市の一途さ健気さに惹きつけられます。穏やかに彼を見守っていた善介がついに嫁を取ると聞いた、佐根市の最後の決断は如何に。しまいに「いよっ、千両役者!」と声をかけたくなってしまうほどの、切なく愛おしい物語です。
巻末描きおろし『その後の』二人も、噛めば噛むほど味わい深くて最の高。善介の真の姿はむしろここにあり。必見です!
髷にも映える貴方の簪。気になるあの子の淫らな唇
簪職人・春助の作品の美しさに憧れる呉服屋の美しき次男坊・伝次。彼を女性と勘違いした女好きの春助は早速伝次を家に連れ込み迫るが、男の身体に気づくと拒絶してしまう。憧れの人にいきなり押し倒されて突き放された伝次があんまり可哀想すぎなんですが!?
一方これまで女しか抱いたことのない春助の苦悩も理解できないこともなく、冒頭からもどかしさに悶えてしまいます。もちろん、おぼこい普段の顔から突然超積極的な襲い受けに豹変する伝次の魔性の前には、ノンケの意地など勝てるはずがなく……。
男の子なのに色っぽすぎる伝次にドン引きしつつも振り回され、どうしようもなく惹かれていく春助。読んでるこちらの情緒まで危うくなりそうな圧倒的萌え展開が襲ってくるのです。伝次……恐ろしい子!
舞台は平安時代末期。武蔵坊弁慶と牛若丸こと源義経や梶原景時と源頼朝など、源平の戦いを描いた古典「平家物語」をモチーフにしたBL短編集です。
父の仇である平家を倒すため挙兵する源氏の御曹司たち、頼朝と義経の人生を史実から辿る物語なのですが、柱となる兄弟どちらもが超ぶっ飛んだ性格かつ魔性受けという、主従萌え属性的に大変ご褒美な一冊。戦場はもちろん寝所においても常に主君に命を賭けてご奉仕する、それぞれの忠臣たちのやんちゃで重た~い愛が美味しすぎます。
他にも島流しとなった俊寛僧都と従者有王、仁和寺の僧行慶と琵琶「青山」の名手・平経正の短編を収録。これまでも能や歌舞伎に翻案され長く愛されてきた物語を、BLとして改めて噛みしめる現代ならではの楽しさをぜひとも味わってみてください!
見世物小屋で共に育った双子の弟・二三を喪った青年・壱は、化物として囚われ虐待される『べな』の世話係となって情を移すように。小屋を逃げ出し寄り添って暮らす二人ですが、急速に身体が大きくなるべなは普通の人間ではなかったのです――。
こふで先生のデビュー作とは信じがたい筆力で描かれる、お江戸ワールドがとんでもなく魅力的!「ショタおに」から天真爛漫年下攻めへと進化するべなの成長は、悩める壱には申し訳ないけれど神展開と言わせて欲しい……!行く宛のない二人を助けてくれた、江戸の人々の人情の温かさにもほろりと来てしまうのです。
さらに注目していただきたいのは、べなをいたぶり壱を苦しめる小屋の男・ダンゾウの存在。顔も態度も腹の立つ奴ですが、彼の台詞から丹念に貼られた伏線に気づくこともある重要人物。二度三度と読み返すことで新しい顔が見えてくる、名バイプレイヤーの一人なのです。