そこのみにて光輝く綾野剛インタビュー

そこのみにて光輝く綾野剛インタビュー

これまでにない節目が訪れた

『そこのみにて光輝く』は僕にとって呼吸というか、分身というか、血液というか。ここまで自分の主観も客観もどちらも持って愛せる作品に出逢ったのは初めてです。自分という存在がひとつ、結実したような感覚になりました。そういう経験は、過去にありません。
自分が出ている作品を観るのはいつも酷な作業です。常に、こうすればよかった、ああすればよかったと、思うことは多々あります。なのに、そういった理屈を超えて、自分はこんなにも『そこのみにて光輝く』という作品を愛していたんだなと、出来上がった映画を観終わって思い知らされた。もちろん、自分がかかわった作品は、どの作品も愛していますが、こんなふうに愛することができたのは非常に稀なことだと思います。観終わった後、もう少し、自分のこと愛してあげてもいいのかな、と思えるほどでした。

ほんとうに、自分の節目になりました。役者をはじめて十年ぐらい経ちますが、初めて自分の作品を客観的に見ることができた。たったひとつの映画を通して、十年間覆らなかったことが覆ったんです。反省の意味で、その作品に出ている自分の芝居を責めたり、悲観してみても、それは自分が役を死滅させているにすぎない。そんな気にさせられました。『そこのみにて光輝く』以後は、自分の作品をある種、楽観的に見ることができるようになった。僕にとって『そこのみにて光輝く』は、ほんとうに愛すべき作品です。

日本映画の本気が迫ってくる

スタッフ・キャスト全員に助けられました。みんな、ほんとうに作品を愛していたということが画を通して伝わってきます。 僕自身、いままでとは全然違う向き合い方で挑戦したつもりです。本来できないような役作りもさせていただきました。自分の体調も全部映画に「捧げました」。『そこのみにて光輝く』という作品に僕は自分を捧げたのだと思います。 まず、スタッフが「本気」でした。もちろん僕自身、ぬるいテンションで現場に行ったわけではありません。でも、スタッフの「本気」が迫ってくる。たとえば、ぬるいままでいたら、顔も撮らないぞ、声も録らないぞ、と言われてもおかしくないような「本気」。それを感じている時点で「負けてるな」と。このままだと「敗北だな」と。負けたくはないですから。俳優部として負けるわけにはいかない。そういう意味では新人のようでした。凄まじいパワーのスタッフたちでした。パワーの種類が根本的に違っていました。

時間の流れ方、呼吸の仕方、相手を思いやる気持ち、抱きしめること……そのすべてに、日本映画というものを撮っている実感がありました。これが日本人の、これがひとの感情なんだと思いました。たとえことばはわからなくても、違う国のひとびとにも絶対伝わる気持ちなのだと思います。

それぞれがそれぞれのやり方で「光合成」している。それが静かな時間のなかで爪痕として残っている。これは世界と勝負できる作品だし、現場には最初からその意識があったのだと思います。ひとを撮る。ひとを照らす。そのことにおいて、世界基準だったのだと思います。
ですから、役を自分で作り上げたという気持ちは、これっぽっちもありません。本来はスタッフと共存すべきですが、闘っていた。現実的に揉めたということではなく、常に緊張感が持続していた。しかもそれは萎縮させるような緊張感ではなかった。いつでも暴れていいんだからね、と言われているようでした。ひとの感情はどうなるかわからないということを、あらためて教えられました。素晴らしいものには暴力性があると思います。そのことを感じる現場でした。僕はそのなかで立ちつづけ、生かされつづけていました。

どれだけ生(ナマ)で勝負できるか

そんな現場だからこそ、使えるものは全部使ってやろうと思いました。 プロデューサーと監督に許可をいただいて、毎日酒を飲んでいました。酔っぱらうためではなく、体感をあげるため、身体を熱くするために。北海道のウイスキーを飲んでは、重力をつけていました。ぐわっと身体が重たくなる感じが、ある種の精神安定剤のようになっていました。撮影が終わると飲みに行って、そのまま明け方まで。目を真っ赤にしたまま、メイクもせずに、演じていました。佐藤達夫を演じる上で、それが必要だったんです。
自分はどれだけ「生(ナマ)」で勝負できるか。つまり、そう思える作品に出逢えたということです。僕が、というよりも、僕の部位がどれだけ「生」でやれるか。それが重要でした。あそこまでヒゲを生やしたのも人生初。ヒゲって、こんなに生えるんだなって。そうすると、自分のなかでどんどん「生」が増えてくる。起きてから一時間ほどで、目の充血もなくなってくるので、目に塩を入れて、がーっとこすってまた赤くしたり。自分の身体が反応するものだったら、なんでも使う。画面のなかで流れている汗も全部自分のもの。とにかく「生」を全部使って勝負していないと、とてもじゃないけど、太刀打ちできるスタッフではありませんでした。

「共犯者」たちと「船」に乗る

佐藤達夫は、ちゃんと何かに向き合ってきたひとなんです。そういう意味では、背中の傷は生まれつきのものだというのが僕の考えです。自分のなかの異物とちゃんと向き合ってきた。そうでないと、ああいう人間にはならないと思う。彼の傷や痣は、そばかすやホクロみたいにもともと持っているものだと強く感じます。僕はコンプレックスって、すごいことだと思っていて。自分の部位と向き合ってきたってことじゃないですか。そして一生それと向き合っていくわけで、そういう人って強いと思うんです。 そして、共演者がみんな「共犯者」になってくれた。全員が『そこのみにて光輝く』という「船」にちゃんと乗っていた。それはすごいことだと思います。とにかく1ミリでも映画が良くなればいい。その想いが、みんなにありました。みんな、それだけこの作品を愛していたし、作品にも愛されていたということだったと思います。
たとえば、あるシーンで池脇(千鶴)さんは思いっきり、僕を叩いてくれた。これは僕にとっても幸いなことだし、佐藤達夫にとっても幸いなこと、作品にとっても幸いなことです。とてつもなく幸せなこと。思いっきりくると、反応できるんです。ちょっとでもぬるく叩かれたら、虚構の世界を「生」として伝えることは難しくなります。ゆるいものは邪魔。もし、遠慮されたら、役にとってはダメージにさえなる。用意、スタート! で、フィクションからノンフィクションになる瞬間がありますが、まさにそういう現場でした。本物の表現が向かってくると、ひとは本物で返すことができる。全部が本物であってほしいという、願いや祈りが、僕には常にあります。そういう意味で、ほんとうの「生」を目指すことのできた現場でした。 「生」は絶対に映画に映るもの。自分が役者をつづけていられるのは、それがあるから。僕には芝居をしているときにしか生きている実感はありませんが、これはその実感だけで作り上げることができた作品だと思っています。 3週間の撮影でしたが、『そこのみにて光輝く』は僕にとって日常になりすぎていたので、まだ想い出にはなっていません。それは、いまも僕のなかで生きているものです。

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